2012年1月21日 (土)

@nifty.comの呼び方

                               obata-sndsyo.@nifty.com

これは私の古いメールアドレスだ。7-8年前にある友人から私のメールアドレスを教えてくれと電話があった。さて、どのように電話で伝えるか瞬間迷ってしまった。とりあえず、

「ローマ字の小文字でオービーエーティーエー ハイホン エスエヌディエスワイオウ ピリオド アトマーク 二フティ ドット コム」と伝えた。

すると友人は「エスエヌディエスワイオウ ドットだね、と確認してきた。私はその瞬間耳タブが熱くなった。二フティ ドット コムといいながら最初の方だけピリオドというのは間違いで、二つとも「ドット」と言うのが正しかったのにと常識の無さに恥じてしまったからだ。それ以来、メールアドレスを伝えるのに「ピリオド」は使わず必ず「ドット」と言ってきた。

しかし、最近読んだある某新聞に「@nifty.comはアトマーク 二フティ ドット コムと言うが、これは日本のマスコミが一方的にこのように表現し始めたもので、アトマーク 二フティ ドット コムというのは和製英語である」、と書いてあったので非常に驚いた。

その新聞には次のような説明が続く。

先ず、「ドット」というのは初期のパソコンで「画面の点」を表していた。だから、パソコンのキーボードの名前には「ドット」は使われず「ピリオド」、「ポイント」、「フルストップ」が多い。

「ドット」という言葉が海外で使われるのは主に「middle dot」の時、つまり「・(中黒)」の場合だ。英語的な背景はさておき、現在では英文の文末で「.」を使うときは「フルストップ」又は「ピリオド」だが、二フティ ドット コムに関しては日本で新しいインターネット言語として確立したようだ、とあった。そうなると、これはやはり和製英語だということか。海外ではどのように呼んでいるのか、知りたいものだ。

次に、その新聞は@についてとても興味深い事を書いていた。日本では「アットマーク」だが、これは日本語だ。 英語では「commercial at」 (商売に使う アット記号)で単価記号のこと。つまり、10g@100 yen (10グラムを100円で売ります)となる。他には「at symbol」とか「at sign」そして「at」などと使うのだそうだ。

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ところで、「a」を囲んでいる輪は、サルの尾のように見える。そのため、ドイツ人、ブルガリア人、オランダ人、ポーランド人、セルビア人などでは、サルの尾と呼ぶ。

スカンジナビア圏では、それはゾウの鼻のように見える。これはsnabelという。そのため、デンマーク、ノルウェイ、スウェーデンでは「snabel-a」と呼ぶ。

イタリア語と韓国語ではカタツムリ。

台湾北京語ではネズミ。

ロシアでは子犬。

ギリシア語ではアヒル。

フィンランド語ではネコの尾。

タイとハンガリーでは長虫。

トルコではバラ。

ついでに、日本語では、at(アト)にかけたインターネットスラングとして、「あと」を意味する。例えば、「@3日」は「あと3日」。

なるほど、こうなるとアトマークは和製英語だと言われても仕方がないか!

記事投稿者: 尾畑 達(商2)

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2012年1月15日 (日)

招福開運-佐倉七福神

私の年齢は今年の5月1日の誕生日がくると古希を迎える。会社人間から解放されてあっと言う間に10年が過ぎ去った。そして、ウキウキしていた恒例の正月も、ドクターストップによって禁酒・禁煙を余儀なくされた関係か、誠に平穏な正月を迎えた。

そんなある日、地域新聞に「佐倉七福神巡りに出かけよう!」という記事が目に入った。恐らく、これまでも毎年必ず見たであろう記事なのに、今回はなぜか気になった。記事は、さらに次のように続く。

「江戸時代、城下町として活気にあふれた佐倉は歴史のロマンが漂う史跡の多い町。ゆっくりと散策を兼ねて七福神巡りをお楽しみください。そして、御朱印を集めよう!」

そう言えば、商大時代広島駅裏の二葉山山麓で七福神巡りをしたことを思い出した。むしょうにそれが懐かしくなり、「よし、佐倉の七福神巡りに出かけてみよう」と思い立つ。

行く前に、下調べをした。先ず、「七福神とは?」これはすぐにわかった。仏教の七難即滅七福即生の思想を受け、七福神をお参りすると七つの災難が除かれ、七つの幸福が授かるといわれている。これがほんとなら、絶対に行くべし。ますます、勇気がわいてきた。

地域新聞にある地図を見ると、旧城下町通りと武家屋敷通りに目的地が散在していた。佐倉は小さな街なので、徒歩で小一時間もあれば十分な道のりだ。

先ず、「安城山 甚大寺」に行く。ここは佐倉藩主堀田家の菩提寺なので、過去数回訪れた事もあり、道に迷うことはない。

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そうそう、肝心な事を書き忘れていた。そもそも、七福神はいったいどんな神様なのか、それを知る必要がある。そこで調べたところ、恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、そして布袋尊とある。ついでに、七人の神の出生国もわかった。

日本(恵比寿)1人、インド(大黒天,毘沙門天,弁天天)3人、中国(布袋尊,寿老人,福禄寿)3人と外国の神が6人だ。

さらに詳しく調べると:

1.恵比寿は日本の土着信仰であり大国主命の御子と伝えられており、「大漁追福」や「商売繁盛」や「五穀豊穣」をもたらす、漁業や商業や農業の神様だ。智恵を働かせ体に汗を流して働けばこの神が福財を授けるという信仰の神様だ。この神を知るのがもう少し早ければ私はもっと違う人間になっていたかもしれない。

2.大黒天はインドのヒンドゥー教で日本の大国主命の神仏習合の神様だ。有福・食物・財福・出世のご利益があり、商売繁盛の守り神として有名だ。

3.毘沙門天はインドのヒンドゥー教のクーベラ神で、四天王の一人多聞天とも言わており、宝塔とやりを持ち悪霊を退散させ財宝をさずけるといわれ、戦いの神・鎮護国家の神と信仰され福を与える神様だ。そう言えばNHKの大河ドラマ、上杉謙信が信仰し、岩場の中に祀った毘沙門天を拜む姿を何度もTVで見た記憶がある。

4.弁財天もインドのヒンドゥー教で、美と智恵と音楽・財運と弁舌と芸術の神と知られ、七福神の中の紅一点の女神だ。上野不忍池、近江の竹生島、安芸の厳島、江ノ島の弁財天など有名で、すべて「水」にかかわりのある場所に建てられてるのが特徴だとか。宮島の弁財天の事は記憶の外にある。

5.福禄寿は中国の道教で、一羽の白鶴を伴う南極星の化身だとも言われており、福徳・人徳・長寿の神様だ。

6.寿老人も中国の道教で、白ひげの寿老人は、三千年の長寿を保つ玄鹿を従へ人々の難を祓う団扇を持ち、天南星または寿星の化身だといわれ、健康、長寿、幸福の神様だ。

7.布袋は中国の仏教で、唐の時代に実在したといわれる仏教の僧や弥靭菩薩の化身で開運・良縁・子宝の神様だ。

私の今回の行動は各寺社を廻りながら「御朱印」を集めることに特化した。御朱印紙が一枚400円、御朱印料が一か所で200円なり。ご覧あれ、次の画像が7社から得た御朱印だ。

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画像の右上が堀田家の菩提寺である甚大寺。その左が麻賀多(まかた)神社だ。この神社は佐倉総鎮守・城地鎮護の神として多くの尊崇を集めており、佐倉を代表する二大寺社だ。

各寺社で撮った立札を掲載しておこう。6枚しかない。理由は簡単。大黒天を祀った妙隆寺の住職がご不在だと事前に分かっていたので、その寺へは行かず、歴史生活資料館で御朱印をもらったからだ。参考までに、甚大寺の社歴を書いた立札を挿入しておく。

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次の3枚の画像は麻賀多神社の受付、祈願札、そして正面本殿だ。神殿の右裏に見えるのは樹齢八百年と言われる大銀杏の木だ。

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これで、七つの災難が除かれ、そして思いもしなかった七つもの幸福を授かるのだから、真にもって幸先のよい2012年を迎えたといえるだろう。ありがたいことだ。皆さんの各地にもこの七福神詣でがきっとあるはず。まだの方は、今からでも遅くない、お出かけあれ。

記事投稿者: 尾畑 達 (商2)

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2012年1月12日 (木)

葉脈力のこと(賀状から)

今年届いた年賀状の中に、「秋に見事な落ち葉を拾ってきました。心地よい一時でした。葉脈力に元気をもらって」と書き、版画でその葉脈状態を表現したものがありました。全体図から見て、多分、真っ黄色になった銀杏の葉を標本にしたものではないでしょうか。

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この版画を見て、私の息子が小学生の頃、理科の実験で「重ソウ」を使って葉脈の標本を作っていた事を思い出しました。確か、何かの葉でした。詳しい事はもうとっくの昔に忘れてしまいましたが、なかなか骨の折れる作業をしたと記憶しています。

一枚一枚の賀状に葉脈を転写する作業を想像しただけで、素直に頭が下がります。

我が家の庭に残っている木の葉を拾い集めてみましたが、どの葉も枯れ果て、きれいな葉脈を見つけることはできませんでした。今時分葉脈がよく見える葉っぱがついてるといえば、「ツル科」の植物だけでしたから、それを一枚撮ってみました。

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ところで、この「葉脈力」の画像から皆さんはいったい何を想像されますか?

1.日の光を浴びてすくすく伸びる
2.葉の中を走るのはまるで人間の血脈を思わせる
3.よって、植物の命を支えるそのしくみと人間の命を支えるしくみとが同じではないか

そんなことから、大きく成長したい植物はなるほどあきれるほどたくさんの葉をつけている。葉を大きく広げることで、成長するなら、人間だって葉を大きく広げることではないのか。人間には葉がないので、せめて、手のひらを代役にしてしまおう。

赤ちゃんがするように、何度でも手のひらを広げ、何でもつかんで栄養にする。この動作こそ、縦に走った数本の強靭な脈が赤ちゃんの、いや人間の命を歌い上げるのではないだろうか。

新年にあたり、様々な事を思い起こさせる、真に見事な一枚の賀状に心から感謝したいと思います。

記事投稿者: 尾畑 達 (商2)

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2012年1月10日 (火)

浮世絵ー塗り絵用線画

私の元勤務先で多趣味を誇った1歳年上の先輩M氏が現在ワイヤーハーネス測定器・無線機・木箱等の輸出入の他、浮世絵制作 ・双六・かるた・塗り絵用線画等の制作販売を行う会社を長年たった一人で経営しています。

最近になって、天皇陛下誕生日の談話時に愛子様が「大相撲出世双六」で遊んでいらっしゃる姿がTVで放映され、驚きつつ嬉しかったとか、同じく皇室カレンダーの正月に皇室ご一家と一緒の場面に「大相撲出世双六」がテーブルの真ん中に置いてあったという驚愕するような情報を本人が知らせてきました。

M氏は世の中にはあまり知られてはいませんが、このように特別な業界ではとても評価が
高く、隠れた有名人と言われてます。

M氏の大傑作と言われる「大相撲出世双六」を先ずはご覧頂こう。これは彼のWebからのコピーなので、画質はあまりよくありませんので、どうかお許し頂きたい。

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そんな彼から、東海道五十三次(歌川広重)の中から静岡の掛川宿の浮世絵「1里19丁」の塗り絵用線画を惜しげもなく賀状に貼り付けたものが私の手元に届きました。下の画像の上段のものが、それです。

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Webからみつけた掛川宿の浮世絵(上の画像の下段のもの)と比較してみてください。まあ、何と精巧に作成されていることか。驚きを隠せません。しかも、画像の右下にはCopyright T...と印刷してありますから、本人の物に間違いありません。

ご承知でしょうが、掛川宿は、内助の功で有名な山内一豊が掛川城に入城し整備した城下町です。Webの解説によると、広重の絵は掛川宿の手前の塩井川に掛かる橋の上を秋葉詣の旅人と修験者がすれ違う場面を描いており、橋の手前に描かれている二本の常夜灯は、秋葉山の入り口を示し、さらに凧が勢いよく揚がり、竹薮が揺れ、笠で風を除ける動きなど風を表現したものだとか。

今年は、良い事が起こるような気がして、心なしかウキウキとした正月を迎える事ができました。皆さんは、いかがでしょうか?

記事投稿者:尾畑 達 (商2)

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2012年1月 1日 (日)

辰年のこと

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今年の干支は「辰」です。私の名前は「達」とかき「とおる」と呼ばせますが、パソコンでの文字入力は「たつ」です。「たつ」という響きがとても気持ちよいです。

ところで、その達、いや辰ですが、辰は「昇り竜」といって、竜は天に昇るとされていることから、人間の万力の願いを込めると「上昇の年」になると言われています。

今朝の某新聞によると:

日本では、新幹線開通と東京五輪開催(1964年)、青函トンネルや瀬戸大橋の開通(88年)など、大規模プロジェクトの完成が目立つのも特徴です。今年も、すでに新名所として話題を呼んでいる東京スカイツリーが5月に開業します。縁起をかつぐ株の世界でも、期待が高まっています、とありました。

今年は私が卒業した高校の同窓会が古稀を祝って京都嵐山で開かれます。同窓生は全国に散らばってますから、人生最後のビッグイベントになるはずです。健康第一にして、そのビッグイベントに立ち向かいたい、そんな決心をしたのが今年の新年でした。

ところで、昨年のブログの記録ですが、投稿数こそ少なかったのですが、記事の閲覧者数はそこそこのレベルで推移した事をご報告いたします。

新しい年を迎えました。これで心機一転、元気で仕事に頑張ってください。そして、ブログですがこれまで通り、原稿やデジタル画像は香川さんへ提出して下さい。ESS OB・OGの親睦のツールとして長年に渡って機能していますので、ひきつづき参集頂けたら光栄です。

記事投稿者: 尾畑 達(商2)

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2011年12月31日 (土)

栴檀の実のこと

一昨日、行きつけの佐倉城址公園へマロンと散歩にでかけてみた。この寒い季節には、椿とかサザンカなどの赤や白の花がささくれた気持ちを和らげてくれる。

ところで、私は今年の春先に「なんじゃもんじゃの木」を掲載した。白くてグロテスクな形をしているが、大量に咲くのでまるで雪が降ったような花姿だ。

その白い花によく似たのに、センダン(栴檀)の花がある。佐倉城址公園には数本の大木があり、咲いた花を撮るには背が高すぎるので、咲いた花をまだ撮ったことがない。

ところが、今の季節は「栴檀の実」がたわわになっている。次の画像をご覧あれ。背景にある白い建物が、国立歴史民俗博物館だ。

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この画像から、一句ひねってみた。

                城跡の 今は歴博 楝の実 

センダンは古名を復活させて、オオチと呼び、楝の字を当てている。この他にも、栴檀の実は、花束状の枝に、無数の実が、鈴状にぶら下がることから、センダンの実をキンレイシと呼んで、金鈴子と表記する。次の小さい4枚の画像から、もう一句。

                青空の 青を響かす 金鈴子

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ところで、「栴檀は双葉より芳し」と言われている。これは、栴檀が発芽したころから芳香を
放つので、優れた人物は、幼いときから他と違って優れている、という意味だ。しゃくに触る人がいるかもしれないが、あえて書くと私には全く関係がないのでしゃくに障りようがない。

来年も、このブログを通じて、気楽に「なんじゃもんじゃ」と歓談したいものだ。

皆さん、良いお年を!そして、来年もよろしくお願いします。

記事投稿者: 尾畑 達 (商2)

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2011年11月26日 (土)

広島遊歩100選(3)白神社→中島町→加古町→住吉町→吉島

今月の歴史散策ウォークは11月19日(土)降りしきる雨の中、白神社、中島町、加古町、住吉町、吉島周辺を散策

雨の為参加者もいつもの半分でしたが皆元気にウォーキング

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                                                我家の皇帝ダリア

春植え(13cmの苗)の皇帝ダリアが3m以上になり空にそびえたつ姿はまさに皇帝そのもの。 
来年は茎を利用して栽培にチャレンジ
      

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                                                   国泰寺愛宕池

長州征伐の舞台となった国泰寺跡の遺構 愛宕池、この池の岩は岩盤が露出したものを巧みに利用して造られている。国泰寺があった場所はANAのホテルになっていますが、寺は西区己斐に移転、その前に愛宕池があります

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                     杭谷一東氏の野外彫刻

広島市内には著名人の野外彫刻、オブジェ、モニュメント等沢山ありますが、ANAクラウンプラザホテルの前にも杭谷一東氏の(圓鍔勝三に師事)のESPERIENZA(経験)の作品があります
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                       機銃掃射の弾丸

広島は原爆投下候補地のため、当時攻撃は無かったとの説があるがここには弾丸が二つ残っているが右側は新聞に報じられた後、心無い人が持ち去っている

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                         宇の広場
      
NHK前に満月と三日月を表現したモニュメントがある、実態はNHK地下パーキングの給気塔(満月)と排気塔(三日月)になっているそうです。このモニュメントは羽田新国際空港のアートワークに携わった坂上直哉氏の作品

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                     ヒロシマの火、平和への灯

原爆投下の午前8時15分を表現したモニュメント、平和への灯は今も燃え続けています

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                          西応寺

市内の墓地には著名人の墓が沢山ありますが、ここ西応寺内の墓地には原爆詩人 峠三吉氏の墓がある

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                         万象園跡

三原浅野家の別邸として庭園があったところで、日本電信電話の保養施設として活用していた。庭園内にあった灯籠は一部保存されており、当時の写真もあったので付け加えました。

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                          愛の碑

前月は 「平和」 の言葉の碑でしたが今回は 「愛」 世界各国の愛の公用語52語を広島工業大学付属中学の生徒によって集められ校舎横に設置されている。 

投稿者: 神守 武彦(商4)

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2011年11月15日 (火)

出会いの不思議さ

先日 家内が主催している絵手紙教室の生徒達100名余が集まって交流会を開催した。家内が絵手紙に出会い、講師にとして歩んで20年になることを記念に絵手紙展を開いた後の交流会だった。予算がないので、私が司会進行をした。終了後、私の所へ一人の女性が近づいてきた。 どこかで見たような顔だ。 彼女は、こう話しかけてきた。「昔と変わっておられないですね」 私は、それで確信した。その女性は、HESSLのメンバーで鈴峯女子短大のESSの同級生だった。 HESSLの春の合同遠足で西条まで行ったとき一緒だった。 そのときもその後もそんなに話したことはなかったが、一枚の写真があり、その中に写っていた。 思いもかけず出会いがあった。 

もう一つ、偶然友人のFaceBookを開いてみたら、我が修道大学のESSOBの顔がたくさんあり、早速友人登録した。 ネットでも不思議な出会いがあるから面白い。

次はどんな出会いがあるだろうか・・・

商7 香川仁

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2011年10月16日 (日)

ひろしま遊歩 100選

今月のひろしま歴史散策ウォーキングは観音地区(新コース)、10月15日曇り空ではあるが絶好の散策日和

スタートは西広島の平和大通り、道路沿いは戦後供木運動により海外、日本各地より植樹された樹木が生い茂る

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                                                     合併の森 
 
              1980年制令都市に移行の際広島市に編入された各町村が刻まれている
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                                                      枯山水
    
                               合併の森のすぐ横のミニ枯山水
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                                              石の燈籠と説明版
                            平和大通りには32基の石燈籠が設置されており
                            何れも韓国の石工が造ったもので全て名がつけられ,
                             説明版がある
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                                                     平和の碑
             鶴学園の横に全人類が平和であることを願い世界各国の言語で
                「平和」の文字が刻んである
            Paix-フランス  Paz-ポルトガル、スペイン  和平ー中国等
                四面に平和の公用語49語
           すぐ横に「平和な社会は、意見の異なる者が共存するところに生まれる」の
                石碑もある
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                                                   子供の遊具
                         平和大通りには珍しくここだけ設置されている
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                                                         う越久
                           広島市内では希少となった割烹旅館
                                                   
                                                Dscf4836
                                                      
                                                     竹内石粉
    
   石粉を作る臼の大きな名残石が残っており、藩政時代は処刑場であったそうです
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                                                       西念寺
                         
                         広島では珍しいインド菩提樹                                                
                                                
                       Dscf4844
                        
                                                    西念寺鐘楼
       大変ユニークな陶器製の鐘楼で、朝鮮出身の方が寄進
記事投稿者: 神守武彦(商4)
 

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2011年10月 3日 (月)

華麗なる歌舞伎舞踊のこと

古典芸能といえば、能、狂言、歌舞伎、落語、文楽などであるが、私には若いころよりどのジャンルにもあまり興味は湧かなかった。しかし、修大OBには二人も真打落語家が活躍中だし、「笑点」という長寿番組も見ているので、無意識のうちに落語だけは好きになっている。

一方、会社員時代、海外からの顧客を銀座の歌舞伎座観賞にご招待するチャンスが5-6回はあった。だから、歌舞伎を見た事があるかと言えばあると言える程度の経験は持っていた。しかし、社用だったので自分が好きで見たわけではない。

先日、ある外国系銀行から渋谷にある「セルリアンタワー能楽堂 片岡愛之助特別公演ー華麗なる歌舞伎舞踊ー」のチケットが二枚送られてきた。

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片岡愛之助といえば、上方歌舞伎を中心に、舞台、映画、テレビなどにも多彩に活躍の場を広げている。言うならば、歌舞伎界の明日を担う花形の一人でもある。暴力問題を起こした市川海老蔵の代役を京都・南座で華麗に務めた事でも知られている。

幸い、妻は若い時から古典芸能に興味を持っていたので、是非とも見てみたいということになり、マイカーで渋谷へ行く事になった。

余談だが、渋谷には「観世能楽堂」と「セルリアンタワー能楽堂」があるのだが、私の早とちりで「観世能楽堂」へ車を走らせてしまった。実際は東急ホテル内の「セルリアンタワー能楽堂」なのにである。間違いに気付き、徒歩15分かけて「セルリアンタワー能楽堂」へたどり着く。開演5分前に到着して、かろうじてセーフ。会場に入ると、どーと汗が額を流れる。

「セルリアンタワー能楽堂」は誠にコンパクトなつくりだ。全員座っても201名という次第。ちなみに、正面に約87名、右脇正面には58名ぐらい、正面と脇正面の中間には約56名が座れるイスが並んでいる。我々の指定席は脇正面5列1番と2番だった。

花道がすぐ左手にある位置だが、早い話、後ろから2列目の席ということだ。そのおかげで、
片岡愛之助を近距離で見る恩恵にあずかったともいえる。脇正面から見る正面舞台は正面右端に3名の唄い、3名の三味線、正面には1名の笛、2名の子鼓、2名の大鼓、2名の蔭囃子が並んでいる。映画などで見る光景とうり二つだ。いかにも古典芸能という感じだ。

今では野外に仕立てられた大舞台で、シンセサイザーなど大がかりな楽器が舞台狭しと並び、人気歌手がわけのわからない歌詞に酔いしれながら大声で歌い、観衆も音楽のビートに合わせて手を叩き、足を踏んで楽しむとか、AKB48なる大集団の女性歌手がこれまた足をあげ、手を打ち、飛んだり跳ねたりしている。こんな現代の娯楽に慣れてくると、紋付袴を着て居並ぶ楽師たちの光景を見るにつけ、これこそが江戸時代の庶民が楽しんだ、歌舞伎の舞台なのか思う。いや、見たこともない江戸時代にあたかもタイムスリップしたような気分になってしまったと言っておこう。

さて、プログラムだが、二部構成になっており、一部は舞踊「新曲浦島」と「歌舞伎音楽の世界」で、二部は舞踊 「雨の五郎」。13時開演で14時15分終演という誠に短時間の公演だった。その後、レセプションがあり食事や飲み物が提供されるのだが、気が向かず欠席した。

それでは、二部構成の内容について配布されたパンフレットの解説を参考にしながら、簡単に説明してみよう。

第一部の「新曲浦島」は「浦島太郎」のストーリとは別に文学者坪内逍遥が明治時代に、浦島伝説を超えて抽象的な「天地創造の序曲」として発表したものである。後日、その「新曲浦島」なる歌詞をWeb検索してみる。誠にもって高尚な文章であると同時に難解である。

例えば、

「錦繍(きんしゅう)の、帳(とばり)暮れ行く中空に、誰が釣り船の、琉璃(るり)の燈し火、白々と……」など。こんな美しい言葉が明治時代に創作されたと思うと、逍遥を何だか神がかった人のように思え、体中がぞくぞくとする。

玉手箱や釣竿などは持たず、扇一本を手に持ち、「素踊り」で象徴的に表現するので、愛之助の舞踊の技量の高さをストレートに味わうことができるように工夫されていた。

第一部の後半は「歌舞伎音楽の世界」では唄や語り、そして三味線、打楽器と笛のお囃子から構成され、観衆の耳や目を一気に引き寄せた。本来、歌舞伎音楽はドラマの情景や自然環境の描写、役の心理状態、登場人物のイメージなどを表現するので、舞台下手の小部屋で奏される。しかし、今回は舞台で演奏された。個人的にはこの歌舞伎の音楽は心にしみ、とても感慨深いものとなった。

第二部は舞踊の「雨の五郎」だ。

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これは「五郎」と通称される舞踊。父の仇討を志す剛の若者である蘇我五郎は「荒事=あらごと」という演技様式で演じられた。今回は情を交わした遊女(化粧坂の少将=けわいざかしょうしょう)のもとへ通う姿を描いたものだとか。少将からの「天紅の文=てんべにのふみ」を読む場面では色っぽい五郎として演じられたようだ。

歌舞伎独特の「隈取=くまどり」は五郎の場合最も柔らかみのある「むきみ」にしてあるのだとか。能楽堂はカメラの持ち込みは禁止されており、画像で紹介することができないのは誠にもって残念。やむなく、パンフレットの画像をご覧あれ。

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鬘(かつら)は荒事の役が用いる「松の木」の前髪である。元服前の少年をイメージしているのだとか。曽我兄弟のストーリは「富士宮市のHP]に詳しく載っているので、「こちらをクリック」してお入りください。

映画やTVなどでおなじみの「バタバタッ」という歌舞伎独特の効果音をツケといいます。舞台上手端に黒い衣をつけて座り、役者の演技に合わせて、積み木のような長方形の棒で板を打つのですが、歌舞伎独特の目による見得(みえ)の山場の強調、足音、小道具の落ちる音など、様々な用途で使われており、この効果音により観衆が舞台の雰囲気に呑み込まれるのを目の当たりにし、正に私もそれを体感したと言ってよいだろう。一方、拍子木による乾いた響きは幕の開閉、芝居の始まり、幕切れなど、舞台進行を知らせる役割をしているのも新鮮だった。

初めて歌舞伎舞踊なるものを見て、気が付くまま、私なりの感想をアトランダムに述べてみました。読者の皆様、いかがでしたでしょうか。

記事投稿者:尾畑 達 (商2)

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