2017年10月 5日 (木)

お月様、こんばんわ!

昨晩は中秋の名月でした。我が家の二階にあるベランダから眺める月は西の空に見える時間帯がベストなので、それを計算に入れて撮影の時間帯を見計らいました。でも、夜空を眺めますと、うす暗い雲が空一面を覆っており、しかもかなり強い西風が吹いていました。

この流れる雲間にちらりと顔を出すお月様を狙うのですから、苦労しました。ほんの数秒しかないのです。すぐに雲に隠れていきます。隠れては出、隠れては出の連続でした。三脚をつける時間がなく、手ぶれを覚悟でシャッターを押し続けました。20枚ぐらい撮りましたが、やむなく掲載するしかないなーと思われた画像は次の5枚だけでした。

草花を撮影する手法(遠景から近景への移動)を試みてみましたが、手ぶれが激しく、画面の真ん中にお月様を置いてもシャッターを押す力で被写体が移動してしまいます。

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昨晩は15夜でしたが、今夜は十六夜で「いざよい」といい、前夜よりやや欠けた月がためらう(いざよう)ように出てきます。明日は17夜で15夜よりかなり遅れて出る月なので「月は立って待つ」から「立待月」、そしてその次の夜は「居待月」、そして次は「伏待月」と続きます。

昔の人の月へのこだわりはすごいですね。

投稿者: 尾畑 達

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2017年9月16日 (土)

伊那と穂高への旅(4/4)

「伊那と穂高への旅(3/4)」から続いて、本日がいよいよ最終稿です。

本日は8月25日(金)です。義兄夫婦の6人乗りESTIMA車に同乗して、いよいよ最後の旅先である「奈良井宿」へ向かいます。江戸の日本橋から京都の三条大橋までの宿場町は軽井沢や中津川を入れて全部で70。そして、奈良井宿はそのど真ん中の35番目です。

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トンネルが掘られる前と掘られた後の地図がWebでみつかりました。難所の権兵衛峠の様子がよくわかりますね。

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そして、グーグルで表示した今回の旅のルート(大芝荘~奈良井宿の松屋茶房)も合わせて掲載しておきます。

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ここは9年前に木曽路への小旅行(2)」で「奈良井宿」の詳細を掲載しました。当時と今の大きな違いは雑に舗装された道路とボロボロだった多数の民家が見事に補修・修復されていることです。

新設された駐車場の脇に古いSL機関車が無造作に陳列してありました。こんな機関車が当時の中央本線を走っていたんですね。鉄道マニアにとってはきっと宝物を見るようでしょうね。

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さて、「奈良井宿」へ行く理由の一つに義姉が「御岳百草丸」というお店で昔からある化粧品を買うためでした。我々も同じ化粧品(UVクリーム)を一箱買いました。御岳百草丸そのものは胃弱、食欲不振、腹部膨満感によく効く第2類医薬品で長野県製薬の製品です。

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ご一緒した理由はほかにもあります。奈良井宿には「松屋茶房」と言う喫茶店があり、そこが「古カフェ系 ハルさんの休日」というNHKEテレのロケがあり、この機会を利用してそこへ行くことになりました。

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一階はその昔塗櫛問屋をしていた時代の櫛屋の看板が目にはいります。上に右から「目」左へ「印」とあり、山の象形文字の下には櫛を表し、「おん久し處」と名前が書かれています。

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一階は喫茶店ですが、二階へ上る階段は箪笥になっていました。古民家ではよく見かけます。

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「松屋茶房」のFACEBOOKをリンクしておきます。「お客様へ」という冒頭の「古民家と季節の野花に囲まれてやすらぎのひとときを」と「訪れし人にはやすらぎを去りし人にはしあわせを」いうキャッチフレーズは私の心をわしづかみにします。

HOME,PHOOSHOP,MENU,STAFF,ACCESS,EVENT,CHANGING OF 4 SEASONSを開くと、この店の御夫婦の心意気がよーくわかります。

二階に上がり驚きました。狭い部屋に古い物がいっぱい展示してあります。終戦放送を聞いたというラジオが置いてありました。今でも聞くことが出来るようです。

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この店の売りは「サイホン 特選珈琲」ということでしたが、二階で注文したのは「ぜんざい」、「クリームあんみつ」、「アルコールなしの米と麹で作った本物の甘酒」でした。

特に、ぜんざいの漆塗りの茶碗は2百年前に松井弥七さんが「櫛や」だった頃に使っていた物だと知り驚きました。でも、お宝ものが出てきたような気分にさせられ、とても嬉しかったです。

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本日はあいにくの雨まじりの曇天で、観光客もまばら。そのぶんだけ比較的に町の中をゆったりと散策することができました。アトランダムに奈良井宿の画像を掲載します。旅館、お土産物屋、街の風景などいっぱいありますので、寄せ集めてみましょう。先ずは旅館など。

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次はお土産屋さんなど。

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次は、リフォームされた下町、中町の街道の家並の風景です。

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この街道で一番の人気スポットが次の画像です。右手に「花のや」そして左手に「ながとや」というそれぞれが民芸品のお店があります。この画像でお気づきかもしれませんが、偶然ですが、旅人も住民も道には誰一人といません。

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次の画像は中町と上町の境界エリアで、佐倉市にもありますが「辻の手」です。直進した街道を途中で90度曲げることで、兵力の集中を防ぐといわれている場所です。

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その他、気が付いた風景をご紹介して奈良井宿を終わりにします。

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ところで、「ずいずいずっころばし」の発祥の地は奈良井宿だそうですよ。

ずいずいずっころばし ごまみそずい
茶壺に追われて とっぴんしゃん
抜けたら どんどこしょ
俵のねずみが 米食ってちゅう
ちゅうちゅうちゅう
おっとさんがよんでも おっかさんがよんでも
行きっこなしよ
井戸のまわりで お茶碗欠いたのだぁれ

<歌の意味>

胡麻味噌を摩っていると、お茶壺道中が来ると言うので、家の中に入り戸をピシャリと閉めて(=トッピンシャン)やり過ごす。お茶壺道中とは新茶を将軍に献上する行列のことで、切捨御免の時代柄、庶民は粗相の無いように細心の注意を払っており、子どもたちは両親に呼ばれても決して外に出てはならないと教えられた。そしてお茶壺道中が通り過ぎるとやっと一息つけたのである(=ぬけたらドンドコショ)。ところで家の中で息を潜めていると、米を齧っているネズミの鳴き声や、井戸の近くで茶碗が割れたような音まで聞こえてくる。
(ウィキペディアより)

雨も強く降り始めましたので、権兵衛トンネルを通って伊那市内に戻りました。伊那食品工業が経営している「「かんてんぱぱガーデン」内にあるレストラン ひまわり亭で昼食をとりました。

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広域農道が工場のど真ん中を通っており驚きました。

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義兄いわく、「高齢者は肉を食べないといかん」、と言うことで肉料理を注文。私だけはパスタにしました。寒天が素材の食べ物がこの場所
から全国へ配送されているそうです。

寒天ぱぱショップ本店に入ってみました。寒天を使ったた沢山の製品が売られています。そこで、「京やき麩」、「たきこみご飯ほたて」、
「金華サバ味噌煮缶」、「飲む寒天G.F」、「飲む寒天りんご」、「ごはんに寒天」、「大根もち」など興味本位で買ってみました。

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この工場には健康パビリオンという建物があり、義兄がやや強制的にそこへ連れて行きました。そこで骨密度を測定しようと言うのです。

昔の勤務先は計測器や血圧計などの精密医療機器製造・販売メーカーでしたから、体脂肪率測定はよくやっていました。しかし、骨密度は一度も測ったことがなく、一抹の不安はありましたが、%YAM:84%という結果が出ました。80%以上は正常で骨粗しょう症化は少ないそうです。それは競合相手のTANITAの機械で判定されました。

大芝荘への帰路、ファーマーズマーケット「あじ~な」に立ち寄りました。ここは近所の農家が生産品を売っている場所です。義兄夫婦は果物や野菜など買い込んでいましたが、私たちには買いたいものが見つからず、店の中を歩きまわっただけでした。

義兄夫婦とはこの夜は木曽福島で行われる全国的な木曽音楽祭(第43回)を鑑賞するため、別行動になりました。彼らが私に見せた今夕のパンフレットは次のようなプログラムでした。チケットは半年前から売り出されており、倍率もすごいものがあるようです。我々のように興味がない者は不参加の意思表示をしていましたから、同行はありません。

チケットにはフェスティヴァル・コンサートとあり、プログラムは次のようなものでした。

 C.サン=サーンス:デンマークとロシアの歌曲による奇想曲
 オンスロー:弦楽五重奏曲 第16番 ホ長調 
 A.ブラン:七重奏曲 イ長調 

使われる楽器がどんな物か、メモしておきました。フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、ヴァイオリン、
ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ピアノなどでした。

義兄夫婦は第一回から参加しているようです。夜の会場は寒いのでかなり着込んでいました。演奏がよくないと眠ってしまい、風邪をひくこともあるそうです。それでも、音楽鑑賞には目がない義兄夫婦です。

翌朝は妻の体調がベストではないため、中央道が混雑する前の時間帯を狙って早々に大芝荘を出発しました。この判断が正しかったようで、帰路の中央道は全く支障なく走れ、無事に帰宅できました。

預けたマロンを引き取りに動物ホテルへ行きました。どんな顔をして我々を迎えてくれるか、とても心配でしたが、興味もありました。4泊5日です。マロンがどんな生活を送ったか男性社員が一通りの説明をしてくれました。結論は、食事も散歩も睡眠も十分にとれました。報告する問題点はありません、とのこと。

さあ、これだけ聞けばあとはマロンとのご対面です。男性社員がマロンを抱きかかえてフロントの裏にある犬用のホテルから出てきました。4泊というのはマロンにとっては生まれて初めての体験です。さぞかし寂しかっただろう、と思って待ち受けていました。でも、我々の顔を見ても尻尾を弱弱しく振るだけです。

これは意外でした。きっと、昔やってくれたように、尻尾がちぎれるほど振って出迎えてくれると思いきや、全くそれらしい反応はないのです。ホテル内の寝室のどこかで中型犬のトイプードルが激しく吠えているのが聞こえます。おとなしくて従順なマロンにとってはこのような環境はとても耐えがたかったと思われます。ましてや家族と離れるだけでもストレスなのに小さなケージの中での4日間のお留守番は家庭犬にとっては表現しがたいストレスになってしまってるのでしょう。

ああ、まるで宇宙飛行士が地球へ帰還した時の人間の酷い疲れた顔にも似ているのではありませんか!

でも、車に乗せて我が屋に向かうと、見覚えのある道に気が付いたのか、やっと尻尾を振り始めました。家に着くなり、自分のベッドに入り、
「やれやれ、これでひとまず安心だ!」、という顔を見せてくれました。やがて、いつものキャベツとモヤシを混ぜて電子レンジした、好物を口にしだしたころ、やっと本来のマロンの姿を確認することができました。動物ホテルでは安全のため、電子レンジは設置していないのです。

こうして、我々の3泊4日の信州の旅は無事に終わりました。

記事投稿者: 尾畑 達(商2)

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2017年9月11日 (月)

伊那と穂高への旅(3/4)

伊那と穂高の旅(2/4)の続きを始めます。

数か月前に義兄から「上高地へ行ったよ」、というメモと一緒に玄人が撮ったような素晴らしい写真が一枚届いていました。梓川の流れには有名な河童橋が掛かっています。背景の山は奥穂高連峰です。

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妻も過去に行ったことがあるので、上高地へ行くのはやめて、穂高連峰に行く事にしました。調べた結果、奥穂高連峰に一番近い展望台といわれる「新穂高ロープウエイ」を利用すればよいことがわかりました。

奥穂高連峰とは奥穂高岳(3190m)、北穂高岳(3106m)、前穂高岳(3090m)、西穂高岳(2385m)などの峰々からなる総称です。そして、奥穂高岳より吊り尾根を経て、前穂高岳に至り、カール (圏谷) を下れば、上高地の河童橋に至ります。なお、奥穂高は富士山・北岳に次いで日本で3番目の高さです。

このぐらいの予備知識を得て、大芝荘を8時過ぎに出発しました。松本ICで下りて国道158号「野麦街道」に入ります。乗鞍岳のふもとを過ぎたころ、山また山の細い道と多くのトンネルを抜けます。やがて、中の湯温泉(右に曲がれば上高地)です。奥飛騨の平湯から栃尾温泉を経由したその先に奥穂高温泉があり、そこに「新穂高ロープウエイ」の駅があります。10時半過ぎに到着しました。蒲田川からは硫黄の匂いがします。

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ところで、松本ICからずーと我々の前を夫婦客を乗せたタクシーが一台走っています。松本ナンバーなので、地元のタクシーです。乗鞍高原温泉前には止まりません。それなら、もしかして上高地へ行くのかもしれません。しかし、中ノ湯温泉も直進しました。

そうか、国道158号は岐阜の高山へつながっているから、もしかして高山かもな。でも、高山なら平湯は直進です。しかし直進しません。右折して富山に行く国道471に入ったのです。

そうなると、松本から富山までタクシー?そんなバカな!富山なら信越本線だろう!ではでは、いったいこのタクシーはどこへ向かうのか? ミステリアスな思考の追跡が始まりました。福地温泉、新平湯温泉を過ぎたころになると、我々の走行ルートは栃尾温泉を右に曲がって坂道を上ることでした。

タクシーが栃尾に近づいた時、道なりにまっすぐかと思いきや、我々と同じコースである新穂高温泉に向かいます。それで、このタクシーは「新穂高ロープウエイ」に行く客を乗せていたことがようやく判明し、我々のミステリアスな思考の追跡は終わりました。

山道を走るタクシードライバーは運転の基本に従って安全運転に徹してくれました。その後を走る私にとってはとても運転しやすかったし、安心感も覚えました。何故なら、長い登坂や下り坂はエンジンのギアを一段落として、エンジンブレーキをかけながら速度を調整します。タクシーがフットブレーキを掛けると、ああその先は急な坂道のカーブなんだと教えてくれます。

初めて走る山道です。どんな道路状態が待ち受けているか、全くわかりません。だから、タクシーについていきさえすれば、無案内な道も安全に乗り越えることができます。結果的には、タクシーの先導で「新穂高ロープウエイ」駅までたどり着いたのですが、私のドライバー人生で、こんな事は初めてです。まさに奇遇です。

山道の曲がりくねった道路とタクシーだけ見て走っていた関係で、天候の事はすっかり忘れていました。「新穂高ロープウエイ」駅に着いた時は薄日が差しており、穂高は見られるものと思っていました。駅では、我々を入れて数人の客だけでしたが、時間が経つにつれ、どんどん客が増えてきます。きっと、タクシーの客もこのグループにいるのでしょう。外国人も数組いました。

第一ロープウエイが新穂高ロープウエイ駅から4分で鍋平高原駅に着きます。

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そこから数分歩いて第二ロープウエイの始発駅「しらかば平駅」へ向かいます。

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そこから三つの架橋を越えると終着駅「西穂高口駅」に7分で到着です。

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第一ロープウエイに乗ったころ、スペインから来たという若いカップルがとても軽装なので、頂上は寒いぞー、と警告したところ、リュックサックから雨合羽を取り出しながら、笑い返してきました。まるで、頂上は雨が降っているよ、と言わんばかりです。

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ゴンドラからのビューはこの時点ではまあまあでした。

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ゴンドラ内の乗客の平和な空気も「しらかば平駅」で121人乗りの二階建てゴンドラに乗り換えた頃から急変します。濃霧がゴンドラを包みはじめ、先が見通せないのです。三つ目の架橋を越えたころには終着駅が見えなくてはならないのですが、何も見えません。

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でも、ゴンドラから見る下界の景色は霧がかかっていませんからよく見えます。

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山頂を霧雲がすっぽり覆っている中にゴンドラだけが無情にも動いているのを実感した瞬間に、バッドラック! オーマイゴッド!数組の外国人が失望感を口にします。ゴンドラは人間の喜怒哀楽を無視して終着駅に定刻通り到着。階段を上るとそこは標高2156mの展望台です。

まあ、ご覧あれ。何も見えません。何ということだ!伊那から3時間かけてやってきたというに、残念としか言いようがありません。

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パンフレットにある快晴の頂上はまことに神々しい有様を表現しています。晴天は天国、霧の頂上は正に地獄です。二枚目の画像は槍ヶ岳からみた穂高連峰です。

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客の中には「小一時間も待てば雲はどこかへ飛んでいくよ」と楽天的。そうだ、ゴンドラで話したスペイン人のカップルはどうしたのだろう。ほとんどの乗客が諦めて下りのゴンドラに乗った時、彼らは私の視野には入らなかったのです。

もしかして、喫茶・軽食「マウントビユー」で絵葉書でも書いているのかな。そして、日本最高所にある郵便ポストの「やまびこポスト」に投函するのかも。思えば、あの神々しい山頂をみるために、彼らは遠いスペインから来たのだから、山頂で1時間ぐらい待つのは平気で、何の苦痛も感じないのかもしれませんね。

とはいえ、本当ははらわたが煮えくり返るぐらい無念の気持ちで「しらかば平」の下りのゴンドラを待っているに違いない客の中には、たくさんの中国人や韓国人がいました。話す言葉でわかります。彼らはおくびにもその無念さを顔に出さず、行儀よく列に並んでいます。この光景は実に意外でした。

ミステリアスなタクシーを追っかけた往路でしたが、復路では沢山の乗用車とすれ違います。その中に数台のタクシーもいました。濃霧にも関わらずいったいどこへ行くのでしょう? エンジンブレーキを使いながら安全運転に徹しました。気が付くと、猛烈に空腹感をおぼえましたので、レストランで昼食をとりました。

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それから、間もなく大芝荘に帰り、大浴場で疲れを癒し、名古屋からマイカーでくる義兄夫婦の到着を待ちました。そして、お互いの再会を喜び、伊那市内にある海鮮料理店で空腹を満たすことになるのです。

穂高の大パノラマが見れなかった悔しさは、義兄夫婦との久しぶりの団らんで気分的にはだいぶ楽になりました。

明日は、もっと楽しい旅にしなければ、と思いながら10時過ぎに就寝。

この先は次回の最終章へ続きます。

投稿者: 尾畑 達(商2)

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2017年9月 7日 (木)

伊那と穂高への旅(2/4)

諏訪湖のすぐ北に位置する岡谷JCTから一路「伊那谷」へ車を走らせている気持ちのまま、ブログの続き「伊那と穂高への旅(1/4)」を書き始めています。

諏訪湖の標高は760mと言われており、目的地の伊那の標高が632mなので標高差は128mです。ゆるやかで長い下り坂を走りはじめると、高くて深い木と木の間にやがて伊那谷が見え隠れし始めます。

山岳地帯ばかり見て走った私の目に飛び込んで来たのは広々とした伊那谷盆地です。この伊那谷の光景は何度見ても印象深いものです。 ここは南アルプスと中央アルプスという3000m級の山々からなる2つの日本アルプスに抱かれています。ウイキペディアの画像をコピーしました。

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日本を代表する二つの雄大な山岳地帯に挟まれているだけに、まるで湧き出たような伊那谷の山岳盆地は、背後に南アルプスを抱える甲府盆地とは印象が全く違います。

今回宿泊するのは「信州大芝高原 大芝荘」です。ここは南箕輪村開発公社の運営です。伊那谷の中で一番広い平地約100haの林を有する大芝高原の中心に位置しています。「信州南箕輪の観光案内映像(2014年制作)」」をリンクしておきます。開いた画面にある動画サイトを見て下さい。南箕輪村や大芝荘などの詳細がよくわかります。

大芝荘には正午過ぎに到着したのですが、3時以降でないとチェックインできないため、周辺の案内図をもらって散策に出かけました。

先ずは「みはらしファーム」です。伊那西部広域農道を国道361号線に向かって10分ほど走り、信州大学農学部の付近を右折して長い登坂を10分ほど走ります。やがて、そば打ち体験とお食事、伊那香織・草木染工房手作りパン工房、農産物直売所、ダチョウ牧場、ドッグラン、羽広荘ー南アルプスが一望できる宿、みはらしの湯ー日帰り温などが集結している場所に到着します。

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季節により、いちご狩り, 旬の野菜狩り、ブルーベリー狩り、りんご狩り、ぶどう狩りなどが楽しめる所で、地元の人だけでなく、近県からもたくさんの観光客がやってくるとか。

次の目的地は信州大学農学部です。甥が長野市にある信州大学工学部のOBですが、行く先は農学部なので親密度は低いのですが、同じ信州大学というよしみで行ってみました。

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キャンパスは広く、マイカーで正門からひたすら奥へと進みますとやがて右側に農学部の本部前のロータリーが見えてきます。近くには広い駐車場があります。しかし、水曜日(8月23日)の午後1時過ぎでしたから、夏休みの真っ最中。駐車場には数台の車しかなく、キャンパスに学生の姿を見る事はありません。

信州大学のある道路際に「伊那アルプス美術館」という看板がありましたが走っている車からちらっと見ただけだったので、住所は見落としています。しばらく走ると、小ぎれいな喫茶店が目に入り、そこで休憩をとりました。

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ここで働く人たちは驚くことに多くは身障者でした。伊那アルプス美術館がどこにあるのか聞いても要領を得ません。別の女性に同じ質問をしたところ、中高年の女性がやってきました。その場所は知らないのでネットで調べてみましょう、と言います。高齢者がスマホをいじるという現象には多少の驚きはありましたが、今のご時世、伊那に住む高齢者であってもスマホぐらいは操作できますよ、と自慢げな顔を見て、これはごくごく自然な事態なんだと実感しました。

隣の席では、かなり高齢の夫婦がミートソーススパゲティを食べていました。二人とも上品な言葉で話しており、身だしなみも派手さはなく、とても粋なご夫婦という風体でした。もしかして、Uターン族かな、と思わせました。

清算時に「ソフトクリームはおいしかったですよ」、とお礼をいうと、身障者の若い女性が「私が作りました。おいしかったとは知り、ほんとに嬉しいです」と目を大きく見開き、手をたたいて喜びとお礼を表現してくれました。客からほめられる事があまりないようです。

さて、伊那アルプス美術館です。カーナビで簡単に行くことができました。二階建ての民家を改造したもので、明らかに個人経営です。

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老女が玄関に出迎えてくれました。しばらくすると絵を描いたというご本人(年齢はどうみても90歳前後)が所狭しと絵が並べられている一階から二階へ案内し始めます。

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絵の事はよくわかりませんが、どう見てもうまい作品ではないと気が付きます。約1時間ばかり絵画の説明をうけましたが、入館料の400円が無駄だとわかり、ホウホウのていで退館しました。やれやれです。

3時過ぎになりましたので、「信州大芝高原 大芝荘」へ。やっとチェックインです。本館の2階にある205号室。和室と洋間のある小ぎれいな部屋です。洋間の窓越しには大芝湖が木立の合間に見えますし、散策もできます。こんな環境はとても落ち着きますので、大いに満足です。

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大浴場で疲れを癒し、6時の夕食をとるため、大食堂へ行きました。出されたものは牛肉のシャブシャブでした。肉が固くあまり美味ではなかったのですが、空腹を満たすためにはやむなし、というのが本音でした。

長旅で妻の疲れを心配しましたが、なんとかなりそうなので安心です。連れてこれなかったマロンはペットホテルでクークー泣いていないだろうか。それとも何も感じることなく寝ているだろうか。大芝荘は静寂そのもの。明日は奥穂高のロープウエイに乗るので、10時前には就寝。

次回へ続く。

投稿者: 尾畑 達(商2)

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2017年9月 3日 (日)

伊那と穂高への旅(1/4)

今年の2月ごろ、名古屋にいる義兄から9年ぶりに長野県伊那周辺への旅のお誘いを受けました。時期は何と8月23-24-25-26-27の5日間でした。しかし、夏場のこんな長期の旅は体調への変化が心配なので23日に出発して26日に帰る3泊4日の旅程で引き受けました。

マイカーによる長距離の旅はほんとに久しぶりなので、最寄りのトヨタで念入りにメカやオイル関係の安全をチェックさせました。勿論、タイヤの空気圧は高速道路運転対策として少々高めに設定させました。ハイオクのガソリンも満タンにして準備万端、相整いました。

マロンは過去に一度だけペットホテルで過ごした事があります。迎えに行った時、マロンはちぎれるぐらい激しく尾を振って再会を喜んでくれました。それを知っている我々は22日の夕方イーオンのペットホテルに預けて現場を離れる時に見せたマロンの悲しそうな目が今でも忘れられません。

余談はこれくらいにして、本題に入ります。

今回は8月23日の早朝6時過ぎに朝食抜きでわが家を出発しました。伊那へ行くには中央自動車道(中央道)を使います。我が家から中央道へ入るには二つのルートがあります。

一つは、国道16号から千葉北ICに入り京葉道路から首都高速線(首都高)にはいり都心を東西に横切るのと、もう一つは千葉北ICから東京湾沿いの高速湾岸線(湾岸線)からレインボウブリッジを通過して新宿経由高井戸で中央道に入るものです。

これまでは湾岸線の利用が多かったので、目先を変えるという意味と早朝なら首都高は混まないだろうとの判断から京葉道路経由のルートをとりました。京葉道路はすいすいと走れましたが、箱崎あたりから首都高はすでに込み始めており、古くて狭く、しかも複雑に入り組んだ首都高を選んだ私のミスにイライラしながら、7時半ごろ高井戸に無事入り、ホッとしました。

湾岸線経由だったら、恐らく7時頃には高井戸に入れたのではないでしょうか。首都高経由のせいで30分もロスした勘定です。次回は絶対に湾岸線で行くべし、と思い知らされました。

目的地の伊那ICまでの中央道沿線には世界文化遺産登録された富士山を始め、八ヶ岳・南アルプス連峰、諏訪湖といった季節に移ろう風光明媚な景勝地・観光地が多数あり、私も含め多くのドライバーや観光者を魅了しているのは誰もが認めているところです。

さて、中央道には4つのサービスエリアがあります。例えば、東京側からみて最初に登場するのが談合坂、そして順次、双葉、八ヶ岳、諏訪湖となります。

私は朝食を談合坂でとりました。ここはいつも旅行者で大混雑しています。食券を買うのに並びますし、食事にありつけるまでもかなりの時間、待たされます。何を食べたか忘れてしまいましたが、早朝のドライブでお腹がペコペコ、恐らく何を食べても美味しかったに違いありません。

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談合坂SAで面白い物を見つけました。ご覧ください。霧吹き状態の設備がありました。きっと、暑い日のドライバーへの気配りでしょうか。こんな設備をもったSAがあるのを見たことがありません。

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この談合坂について面白い話があります。談合坂という地名から、先ず頭に浮かぶのはこの地は旅人が情報交換に適していたからではないかということです。でも、それは違うようです。

先ずは、「だんござか」という地名があったこと。そして「だんご」を「団子」とか「談合」とか表記したこと。更には、地名に因んだ遊び心か「団子屋」さんがそこに開業したことなどが、どうやらこの地名のルーツらしいのです。

談合坂を後に、山中湖へ通じる大月JCTを通過するとやがて長い上りのダラダラ坂が迎えてくれます。やがて笹子トンネルに入り、そこから一気に下り坂に入り、広大な甲府盆地が右手に見下ろせます。ブドウ、ナシ、桃などの産地で全国的に有名な勝沼、一宮御坂、笛吹川そして武田信玄の地元、甲府を過ぎれば、次は双葉SAです。

ここの醍醐味はなんといっても展望台から富士山、八ヶ岳・南アルプス連峰など360度の展望が味わえることです。今回の旅では展望台へ行かずにトイレ休憩に専念しましたので、今にして思えば、少々疲れていても、展望台まで登るべきでした。

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甲府といえば、武田信玄、その息子の晴信は信州・諏訪家に攻め入って滅ぼし、諏訪家の由布姫を晴信の側室にしたことはドラマで知らされています。さらに、NHKの大河ドラマ山本勘助では勘助が美しい由布姫を密かに慕うという、心模様が描かれました。真意のほどはわかりませんが、ロマンを感じた人は多かったと思います。

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甲府盆地を過ぎればまたまた長い登坂。やがて右手にきれいな八ヶ岳が、そして左手には南アルプス連峰が望めるようになります。そんな立地の八ヶ岳SAに入りました。

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次の一枚目は八ヶ岳、そしてその下の一枚は甲斐駒ヶ岳です。まさに雄々しくそびえ、威風堂々。圧巻です。

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中央道が大きく南に曲がる場所が岡谷JCTです。北に向かえば長野自動車道です。その手前には誰もが知っている諏訪湖が横たわっています。この地点が今回の旅の最後のSAです。

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諏訪湖SAは、信州を代表する山々と諏訪湖を一望できる高台に位置しています。他のSAには類を見ない施設として、なんと上諏訪温泉の源泉を使用した「ハイウェイ温泉諏訪湖」が設置されているのです。本来なら、旅の疲れを癒したかったのですが、気後れして入るのはやめにしましたが、私の画像からはロングドライブにかなり疲れた様子が伺えます。

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ところで、中央道にあるSAとしてはこの諏訪湖SAが最高だと思います。レストランでは「岡谷の鰻料理」とか「信州産馬刺し料理」、「おやき」やフードコートの「信州味噌ラーメン」がおすすめだと言われています。小さな丘の上には容姿端麗な松の木が旅人を見下ろしていました。

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ここから目的地の伊那ICまではゆるい下り坂を一気に走り下ります。疲れも忘れて、ハンドルを握っている自分が自覚できます。

次回は伊那周辺のお話をします。

記事投稿者: 尾畑 達(商2)

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2017年8月13日 (日)

2017年度 修大ESS 同窓会

2017年 8月11日、修大ESS 同窓会をホテルセンチュリー21広島にて、開催致しました。参加者は11名、その内、10名は昨年と同じ顔ぶれで、ひとつのテーブルを囲んで、こぢんまりとファミリー的な雰囲気の中で、近況、生きざま、昔話などを語りあい、楽しい時間を過ごすことができました。 商8の横田さんが、初参加、又、谷さん、中川さんは関東から、朝野さんは、府中市より、遠路、かけつけてくださいました。

参加者は、次の通りです。

商1  中野 伸彦
商4  牛黄蓍 資
商6  細田 恒彦
商6  大段 和夫
商7  香川 仁
商7  上空 孝明
商7  谷 正裕
商8 中川 信行
商8 朝野 政俊
商8 横田 豊平
商9  牛尾 寧 

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諸事情で、参加者は少なくなってきましたが、皆さん、この会を楽しみにしておられ、次回の再会を期して成功裏に閉会したことをご報告いたします。

記事投稿者: 細田 恒彦(商6) 

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2017年8月 8日 (火)

緑のカーテン・・・ルコウソウ

私が住んでいる団地内で咲く花を見た瞬間、これはルコウソウだ、と反射的にそう思いました。

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これは生育旺盛な一年草のつる性植物です。そして「緑のカーテン」として最近急に人気が出てきました。佐倉城址公園内にある「くらしの植物苑」で3年前に見たものと同じです。パソコン内に保存していた3年前に撮った写真ですが、どうぞご覧ください。

ご覧の通り2メートル近い背の高さから、もっぱら垣根にも向く丈夫で栽培が簡単なヒルガオ科の植物です。

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糸状に分かれた掌状の葉に花径3cmの星形の赤・桃・白色の花を咲かせます。最盛期には枝にいっぱい三色の花が咲くそうですが、私が3年前に見た時はもう時期が終わりかけていました。

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何はともあれ、これが朝顔の一種だというから、驚きですね。

記事投稿者: 尾畑 達(商2)

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2017年8月 1日 (火)

老骨むち打たず

昨年までは、庭の手入れは自分でこなしていましたが、富里にある私有地だけは手が回らず、業者にやってもらいました。今年も、富里市役所から言われる前に現地を下見しました。昨年は竹藪だったのですが、今年はその竹藪が一切見当たりません。助かりました。昨年と同じ業者に手入れをお願いしましたので、そろそろ作業は終わるころかと思います。

さて、今年の我が家の坪庭ですが、サツキ、モクレン、柿、ハリギリ(無名だった木がようやく判明)そしてサツキ、つるバラをすべて業者に処分してもらいました。2社に相見積もりをさせたところ、一社は5万円、もう一社は2万6千円。迷うことなく2万6千円の業者を選びました。

ハリギリは秋になると葉が変色してとてもきれいです。

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しかしながら、このハリギリは隣家との境に柿と共に育っており、落葉時には隣家の庭に落ちてしまい、長年迷惑をかけていました。

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よって、一枝だけ残し、あとは伐採しました。棘があるので、私には嫌いな作業でしたから、やっとこの嫌いな作業から解放されて安堵しています。

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業者は歳のころ30代半ばの若者でした。手動のノコギリと植木切りハサミだけで処分しました。私が昨年やった時は一日がかりでしたが、今回はなななんと1時間ちょっとでした。

柿の木を根元から切り倒す事ができないので、業者に依頼したのが本音でした。だから、作業工程をよくよく観察しました。物置の屋根に上り、柿の木の枝を伐採し始めました。柿の木の背丈は4メートル前後。今ちょうど、柿の実が付き始めており、切り倒すのはもったいない、とさかんに私の意思を確かめますが、私は決して自分の意志を引っ込めませんでした。

枝を切り取り、丸裸にした木の幹を上から1mぐらいの所で切断、そこからもう1mの所で二回目の切断。物置小屋の屋根から地上へ降りて、3回目の切断をして残り1m。彼は地上10センチの所を残して、最後の1mを切断。作業時間はものの10分。いそいそと車に帰り、ドリルと液体がはいった容器を持ち出してきました。彼いわく、これから柿木へ注射をします、と。
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地上10センチの所で切断しても、柿の木の成長は強く、すぐまた枝がはえてくるかもしれないので、永久に柿の生存をやめさせるには柿木への死の宣告をしなければならないのです、と。桃栗三年柿八年という古い言葉を思い起こしていました。この柿木は息子が千葉東高校へ入学した記念に植えたものであり、樹齢はゆうに26年にもなっていますが、なんせ「渋柿」。食べられません。秋になると落葉して近所の庭に飛び散りますから、しょせんは伐採される運命だったのです。でも、こうして伐採されて青い空を眺めることができるようになったら、むしょうに寂しさを感じるようになりました。

今年は、やけに年齢を肌で感じます。これまでは、この程度の作業は喜んでやっていましたが、切断、伐採、剪定などによって出てくる葉や枝の処理がとても億劫になり始めました。今年の5月で後期高齢者となった私には、もはや老骨にムチ打つのは過酷です。もう今年から、過酷な作業はやめることにしました。

記事投稿者: 尾畑 達(商2)

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2017年6月24日 (土)

2017年度 修大ESS同窓会 開催のお知らせ


梅雨空のうっとうしい日々が続いていますが、皆様、お変わりありませんか? 

 

2017年度の修大ESS同窓会を下記の通り、開催致しますので、お誘いあわせの上、多数、 ご参加いただきたく、ご案内申し上げます。

今年は、商学部4回生は、卒業50周年にあたりますし、還暦(昭和32年生まれ/60歳)、古稀(昭和23年生まれ/数え年70歳)、喜寿(昭和16年生まれ/数え年77歳)を迎えた方々は、人生の節目を祝う集いの場として、旧交を温めていただければと思っています。

 

●日時: 2017年8月11日(金曜日/祭日)  12:00~15:00   

 

●会場: ホテルセンチュリー21広島
      広島市南区的場町1-1-25                                   
            
TEL:082-263-3111 

●会費:   5,500 円       

 

●締め切り:  参加ご希望の方は、725日までに、メールか電話等で、細田、香川、又は、牛尾まで、ご連絡願います。 


細田 tsunehoso2020@yahoo.co.jp  / 090-6437-0324

香川 yume-kikaku@sky.plala.or.jp / 090-4691-1984

牛尾 t0706y0731@yahoo.co.jp     / 080-2914-2561

 

尚、参加でご連絡いただいた後、諸事情で、キャンセルされる場合は、89日の夕方までに、 ご連絡ください。それ以降のキャンセルは、ホテルでキャンセル費用が発生しますので、宜しくお願い致します。    

 

幹事: 細田(商6回生)、香川(商7回生)、牛尾(商9回生)

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2017年6月21日 (水)

歴史散策ウオーク(H29年6月17日)

6月17日(土)は久しぶりの歴史散策ウオーク、梅雨明け後全く雨も降らず炎天下のウオーク(約五時間)。今回はJR廿日市駅より阿品駅の神社仏閣コース、高齢者も多く途中水分補給と休憩で全員無事完歩。 

道中のお宅拝見も楽しみの一つで庭の花も良く手入れされ、ホームセンターが繁盛しているのがよくわかる。


645-ムクロジ
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神社に植えられている樹木は、シイ、タブ、カシ、ケヤキ、クス等いろいろありますが、広島で目立つのは「イチョウの樹木」。薬草としても良く使われ効能咳ー種子、葉は高血圧 薬用部は種子(銀杏)と葉。

雌雄異株で昔は乳の出の悪い産婦はよくさわっていたとか、地方では「チチノキ」と呼んでいるところもある。神社では防火樹と植えられており、幹、葉に水分を含んでおり火事に強いとされています。

また新宮神社には「ムクロジ」が大きく育っていました、これも薬草で、果実の皮、延命皮(ムクロジの生薬名)を洗濯するときに使うため神社でも過っては種子を数珠、また羽子板の羽根にも使用されていました。

654-田植え

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恒例の田植えも5月25日無事終わり、毎日水の管理、写真左側は現在道路(幅15m)が工事中で、周辺の民家は殆ど立ち退き数年後は利便性と引き換えに車公害に悩まれそう。我が家は立ち退きを免れました。

651-昔ながらの田植え風景

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呉市広地区も高齢化で田植え農家も激減、その中でも、一家総出で田植えを楽しんでいる家庭があります。

現在は殆どが機械化され、手植えはここだけ 初夏の風物詩としていつまでも続けてほしいものです。

記事投稿者: 神守武彦(商4)

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