2017年8月13日 (日)

2017年度 修大ESS 同窓会

2017年 8月11日、修大ESS 同窓会をホテルセンチュリー21広島にて、開催致しました。参加者は11名、その内、10名は昨年と同じ顔ぶれで、ひとつのテーブルを囲んで、こぢんまりとファミリー的な雰囲気の中で、近況、生きざま、昔話などを語りあい、楽しい時間を過ごすことができました。 商8の横田さんが、初参加、又、谷さん、中川さんは関東から、朝野さんは、府中市より、遠路、かけつけてくださいました。

参加者は、次の通りです。

商1  中野 伸彦
商4  牛黄蓍 資
商6  細田 恒彦
商6  大段 和夫
商7  香川 仁
商7  上空 孝明
商7  谷 正裕
商8 中川 信行
商8 朝野 政俊
商8 横田 豊平
商9  牛尾 寧 

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諸事情で、参加者は少なくなってきましたが、皆さん、この会を楽しみにしておられ、次回の再会を期して成功裏に閉会したことをご報告いたします。

記事投稿者: 細田 恒彦(商6) 

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2017年8月 8日 (火)

緑のカーテン・・・ルコウソウ

私が住んでいる団地内で咲く花を見た瞬間、これはルコウソウだ、と反射的にそう思いました。

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これは生育旺盛な一年草のつる性植物です。そして「緑のカーテン」として最近急に人気が出てきました。佐倉城址公園内にある「くらしの植物苑」で3年前に見たものと同じです。パソコン内に保存していた3年前に撮った写真ですが、どうぞご覧ください。

ご覧の通り2メートル近い背の高さから、もっぱら垣根にも向く丈夫で栽培が簡単なヒルガオ科の植物です。

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糸状に分かれた掌状の葉に花径3cmの星形の赤・桃・白色の花を咲かせます。最盛期には枝にいっぱい三色の花が咲くそうですが、私が3年前に見た時はもう時期が終わりかけていました。

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何はともあれ、これが朝顔の一種だというから、驚きですね。

記事投稿者: 尾畑 達(商2)

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2017年8月 1日 (火)

老骨むち打たず

昨年までは、庭の手入れは自分でこなしていましたが、富里にある私有地だけは手が回らず、業者にやってもらいました。今年も、富里市役所から言われる前に現地を下見しました。昨年は竹藪だったのですが、今年はその竹藪が一切見当たりません。助かりました。昨年と同じ業者に手入れをお願いしましたので、そろそろ作業は終わるころかと思います。

さて、今年の我が家の坪庭ですが、サツキ、モクレン、柿、ハリギリ(無名だった木がようやく判明)そしてサツキ、つるバラをすべて業者に処分してもらいました。2社に相見積もりをさせたところ、一社は5万円、もう一社は2万6千円。迷うことなく2万6千円の業者を選びました。

ハリギリは秋になると葉が変色してとてもきれいです。

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しかしながら、このハリギリは隣家との境に柿と共に育っており、落葉時には隣家の庭に落ちてしまい、長年迷惑をかけていました。

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よって、一枝だけ残し、あとは伐採しました。棘があるので、私には嫌いな作業でしたから、やっとこの嫌いな作業から解放されて安堵しています。

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業者は歳のころ30代半ばの若者でした。手動のノコギリと植木切りハサミだけで処分しました。私が昨年やった時は一日がかりでしたが、今回はなななんと1時間ちょっとでした。

柿の木を根元から切り倒す事ができないので、業者に依頼したのが本音でした。だから、作業工程をよくよく観察しました。物置の屋根に上り、柿の木の枝を伐採し始めました。柿の木の背丈は4メートル前後。今ちょうど、柿の実が付き始めており、切り倒すのはもったいない、とさかんに私の意思を確かめますが、私は決して自分の意志を引っ込めませんでした。

枝を切り取り、丸裸にした木の幹を上から1mぐらいの所で切断、そこからもう1mの所で二回目の切断。物置小屋の屋根から地上へ降りて、3回目の切断をして残り1m。彼は地上10センチの所を残して、最後の1mを切断。作業時間はものの10分。いそいそと車に帰り、ドリルと液体がはいった容器を持ち出してきました。彼いわく、これから柿木へ注射をします、と。
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地上10センチの所で切断しても、柿の木の成長は強く、すぐまた枝がはえてくるかもしれないので、永久に柿の生存をやめさせるには柿木への死の宣告をしなければならないのです、と。桃栗三年柿八年という古い言葉を思い起こしていました。この柿木は息子が千葉東高校へ入学した記念に植えたものであり、樹齢はゆうに26年にもなっていますが、なんせ「渋柿」。食べられません。秋になると落葉して近所の庭に飛び散りますから、しょせんは伐採される運命だったのです。でも、こうして伐採されて青い空を眺めることができるようになったら、むしょうに寂しさを感じるようになりました。

今年は、やけに年齢を肌で感じます。これまでは、この程度の作業は喜んでやっていましたが、切断、伐採、剪定などによって出てくる葉や枝の処理がとても億劫になり始めました。今年の5月で後期高齢者となった私には、もはや老骨にムチ打つのは過酷です。もう今年から、過酷な作業はやめることにしました。

記事投稿者: 尾畑 達(商2)

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2017年6月24日 (土)

2017年度 修大ESS同窓会 開催のお知らせ


梅雨空のうっとうしい日々が続いていますが、皆様、お変わりありませんか? 

 

2017年度の修大ESS同窓会を下記の通り、開催致しますので、お誘いあわせの上、多数、 ご参加いただきたく、ご案内申し上げます。

今年は、商学部4回生は、卒業50周年にあたりますし、還暦(昭和32年生まれ/60歳)、古稀(昭和23年生まれ/数え年70歳)、喜寿(昭和16年生まれ/数え年77歳)を迎えた方々は、人生の節目を祝う集いの場として、旧交を温めていただければと思っています。

 

●日時: 2017年8月11日(金曜日/祭日)  12:00~15:00   

 

●会場: ホテルセンチュリー21広島
      広島市南区的場町1-1-25                                   
            
TEL:082-263-3111 

●会費:   5,500 円       

 

●締め切り:  参加ご希望の方は、725日までに、メールか電話等で、細田、香川、又は、牛尾まで、ご連絡願います。 


細田 tsunehoso2020@yahoo.co.jp  / 090-6437-0324

香川 yume-kikaku@sky.plala.or.jp / 090-4691-1984

牛尾 t0706y0731@yahoo.co.jp     / 080-2914-2561

 

尚、参加でご連絡いただいた後、諸事情で、キャンセルされる場合は、89日の夕方までに、 ご連絡ください。それ以降のキャンセルは、ホテルでキャンセル費用が発生しますので、宜しくお願い致します。    

 

幹事: 細田(商6回生)、香川(商7回生)、牛尾(商9回生)

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2017年6月21日 (水)

歴史散策ウオーク(H29年6月17日)

6月17日(土)は久しぶりの歴史散策ウオーク、梅雨明け後全く雨も降らず炎天下のウオーク(約五時間)。今回はJR廿日市駅より阿品駅の神社仏閣コース、高齢者も多く途中水分補給と休憩で全員無事完歩。 

道中のお宅拝見も楽しみの一つで庭の花も良く手入れされ、ホームセンターが繁盛しているのがよくわかる。


645-ムクロジ
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神社に植えられている樹木は、シイ、タブ、カシ、ケヤキ、クス等いろいろありますが、広島で目立つのは「イチョウの樹木」。薬草としても良く使われ効能咳ー種子、葉は高血圧 薬用部は種子(銀杏)と葉。

雌雄異株で昔は乳の出の悪い産婦はよくさわっていたとか、地方では「チチノキ」と呼んでいるところもある。神社では防火樹と植えられており、幹、葉に水分を含んでおり火事に強いとされています。

また新宮神社には「ムクロジ」が大きく育っていました、これも薬草で、果実の皮、延命皮(ムクロジの生薬名)を洗濯するときに使うため神社でも過っては種子を数珠、また羽子板の羽根にも使用されていました。

654-田植え

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恒例の田植えも5月25日無事終わり、毎日水の管理、写真左側は現在道路(幅15m)が工事中で、周辺の民家は殆ど立ち退き数年後は利便性と引き換えに車公害に悩まれそう。我が家は立ち退きを免れました。

651-昔ながらの田植え風景

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呉市広地区も高齢化で田植え農家も激減、その中でも、一家総出で田植えを楽しんでいる家庭があります。

現在は殆どが機械化され、手植えはここだけ 初夏の風物詩としていつまでも続けてほしいものです。

記事投稿者: 神守武彦(商4)

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2017年6月 7日 (水)

セピア色の写真ー3(万里の長城)

「セピア色の写真ー2「アムステルダム」はこちらから入れます。

かれこれ40数年前に、精密機器である材料試験機メーカーの海外部に勤務していたころ、中国の北京で世界中の精密機器メーカーが参加した展示会があり私が勤めていた会社も参加しました。主催は中国政府の管轄下にあった中国長城計量器公司(中国・北京市内にある中央研究所)でした。

私が当時35歳ぐらいの頃です。約5日の展示会でしたが、延べ来場者数が150万人だったと報道され、驚いた事を覚えています。

中国での展示会は過去に数度参加しましたが、規模は小さく、やはり発展途上国の域を脱していませんでした。展示会をやっても、ほとんど感触はなく、むしろ、カタログ収集が目的だと言われていました。

しかしながら、今回は世界中からの参加がはっきりしていたので、以前の展示会とは会社の熱の入れようが違っていました。展示品3台の試験機に各5千部づつのカタログを用意しました。

しかしです、初日で持ち込んだカタログの約半分を消費しました。やむなく、2日目からは残った2千5百部を600部づつに仕分けして、残りの4日間用に準備して待機しました。

そして、会社から参加した営業本部長、技術本部長、技術課長、海外営業担当(尾畑)が知恵を出し合い、カタログの配布は若い学生の男女には言い訳をして決して渡さないこと、一見して30歳以上の男性に的をしぼること、60歳以上の男女にも渡さない事。でも、押し寄せてくる人垣から人選してカタログを渡すのはどだい無理なのです。何故なら、カタログを渡さないとブースの前から立ち退かないのです。立ち退かないと他の見物客に迷惑をかけてしまうので、やむなく渡してしまいます。その現場を見た他の見物人が走り寄ってきてはカタログを要求します。

中国長城計量器公司によると、来場者の内、ほんとにカタログが欲しいのは10%ぐらいではなかろうか、残りの90%は地方の高校や大学の教材に使うため、長距離の汽車に乗ってやってきて、その日の夜行で帰っていく人たちがたくさんいるのです、と。

あれから40数年が経過しました。今の中国は日本を抜いて世界第2位の経済力をそなえるまでに成長しました。当時の事を知っている私にとっては、現在の中国の国力はいったいどうやって構築したのだろうか、と思う事が多いです。

展示会は悪戦苦闘の末、何とか終わりました。主催者側の中国長城計量器公司の特別の好意で北京市からほど近い「万里の長城」を見学させてくれました。

万里の長城の一部に「八達嶺」と呼ぶ場所があり、そこへ中国長城計量器公司の社員が小型のバスを運転して連れて行ってくれました。この場所は万里の長城らしい姿を見ることができるとして、中国政府がかなり力を入れて環境整備をしていました。しかしながら、40数年前の事でしたから、観光バスが数台留まっている程度の観光地でした。現在の観光地化した盛況を思うと格段の違いを感じます。

八達嶺は、北京から約60キロ離れた居庸関の北に位置しています。幅6mほどの長城の上は休日ともなると中国国内からと海外からの観光客で押し合いへし合いの大混雑となるほど。

次の画像はネット検索で見つけた居庸関の画像です。ここへはトイレ休憩しただけでしたので、画像はありません。

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いわゆる、本来の万里の長城は八達嶺だと言われており、我々もそこを目指して狭い山道を小型バスにゆられてダラダラ坂を上っていきました。次の画像は左が技術本部長で真ん中が営業本部長です。八達嶺への入り口の広場ですが、まだまだ当時は人影もまばらで、のんびりとしていました。でも、実際に八達嶺にのぼってみると、光景はがらりと変わります。幅6メートルと言われる道には人の波が営々と連なっているからです。

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入り口の碑が壁に貼り付けてあったので、現地のスタッフと一緒に撮ってもらいました。看板の文字は薄くてよく見えませんが、「万里長城タツ峯」と書いてあります。部首シンニョウに点が二つあり、大と書かれています。意味は私の名前の「達」と同じです。つまり、通る→道が通じるということです。よって、この場所は万里の長城の入り口なのです。

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レンガ造りの建物の中に入っていくと急な階段があり、空が開けてきます。そうです、間違いなく写真でよく見た万里の長城の八達嶺に上がることができました。次の画像は私のカメラから撮ったものです。

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次の3枚は上の画像のどこかで撮ったものですが、もはやどこで撮ったのかを確定するのは不可能です。

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以上、セピア色の画像第3弾でした。

投稿者: 尾畑 達 「商2」

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2017年6月 2日 (金)

セピア色の写真ー2(アムステルダム)

先日、テレビでオランダのアムステルダムを放映していました。アムステルダムへは仕事で出かけていましたから、とても懐かしく見てしまいました。

ネット検索したら、中心街の様子が見つかりましたので、コピーしておきます。画像の上部が海です。アムステルダムは、「アムステル川に築かれたダム(堤防)」という名の通り、160本以上の運河と1500以上の橋を持つと言われるヨーロッパで一番美しい街です。

ご承知のように、街は運河で幾何学的に結ばれています。私が興味を持ったのはアムステルダムの街の原点がどんな状態だったかということです。

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次の画像をご覧ください。16世紀ごろから貿易業が盛んになり、17世紀にオランダ東インド会社の本拠地が置かれたころには、世界貿易の中心として栄えたのです。江戸時代、オランダの出島が長崎に設けられ、そこを通してヨーロッパの文明や文化が入ってきました。西の長崎、東の佐倉が医学の中心でした。佐倉はその関係でアムステルダムとは姉妹都市になっています。

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私が唯一保存している画像があります。オランダといえば、風車ですね。その風車をバックに撮ったものです。約25年前のものです。

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オランダには多くの美術館や博物館があることでも有名です。フェルメールやヤン・スデーンといった17世紀のオランダ絵画が集まる国立博物館や、世界一のゴッホ作品所蔵数を誇るゴッホ国立博物館などがあります。しかしながら、私は仕事オンリーの旅人でしたから、立ち寄ったことはありません。今にして思えば、遊び心のある、のらりくらりの会社員であってもよかったかなー、と反省しています。

記事投稿者: 尾畑 達(商2)

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2017年5月23日 (火)

セピア色の写真-1(イスタンブール)

某雑誌を読んでいたら、私が若干28歳の時にトルコのイスタンブールに商用で赴いた遠い過去の事を思い起こさせてくれました。

トルコ人と言えば、モンゴル人と西洋人の血が流れているといわれています。私が商談した相手はまさにその混血さゆえのノスタルジックな顔つきをしていたことを今でも鮮明に覚えています。ルックスは西洋人ですが、顔色がモンゴル系で、背丈もずんぐりむっくり、しかし話す英語はブリティシュ英語で、若い私は言葉で圧倒されてしまった事を今でも忘れません。

イスタンブールはボスポラス海峡をはさんで東のアジア、 西のヨーロッパにまたがる世界唯一のユニークな国際都市です。下の古地図をご覧ください。コンスタンティノープルとあるのが現在のイスタンブールです。右に大きく描かれているのがボスポラス海峡です。その左にある小さな湾が金角湾です。この金角湾の対岸に有名なガラタ塔があります。ここを行き来するためのガラタ橋があります。

金角湾について、誤解しやすいため、少し説明を加えておきます。金角湾はマルマラ海からヨーロッパ大陸に「角」のように切り込んだ東西に細長い湾で、ボスポラス海峡の西南の出口に位置する天然の良港だということです。下の古地図を眺めてもらうとよくわかります。 つまり、南は古代ギリシアのビュザンティオンの跡地であるイスタンブール旧市街で、北は東ローマ帝国とオスマン帝国の時代に西欧人の商人・使節の居留地であったガラタの町があり、丘のほぼ頂上部にはガラタ塔があります。

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47年前の事とはいえ、このガラタ橋は今でも私の脳裏に焼き付いています。

ネット検索したら、現在では徒歩で渡る事もトラムで渡る事もできるとあり、さらにこの橋は2段構造になっており、下にはレストランがビッシリ詰まっているとありました。トラムの事は全く記憶にありませんが、レストランは鮮明に覚えています。それでは、現在のガラタ橋をご覧ください。

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橋の向こう側がイスタンブールの旧市街地域です。最初に掲載した古地図では位置がさかさまですから、注意しないとこんがらがります。そうです、上の画像では手前がガラタ塔があるガラタ地区です。

イスタンブールの街の中に足を踏み入れると、その一角には何でも売っているといわれるバザールが広がっております。旧ソ連系やイラン系(いわゆるアラビック)や地元のトルコ系が入り乱れて、さながら人種のルツボでした。残念ながら、写真はありません。

上の画像の旧市街地の橋の手前の左側にモスクが見えます。その前で撮った画像が次のものです。

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さて、次の画像は旧市街地から歩いてガラタ橋へ行くための陸橋の一番高い場所から撮った写真です。写真ではわかりずらいのですが、中央部にガラタ橋が見えます。ネット検索した最新のイスタンブールの風景には陸橋は取り除かれ、立派な道がガラタ橋へつながっています。

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次の画像は、ガラタ橋をほんの少し歩いた位置から金角湾を走る船でも見ているのでしょうか。勿論、対岸はガラタ塔があるガラタ地区です。

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余談ですが、ネット検索した時に見つけた説明文を掲載しておきましょう。

「1973年には英国の会社によって黒海に抜けるボスポラス海峡に巨大な大橋が架けられました。しかし交通渋滞が慢性化するようになり、 その解消のため、日本の円借款で1988年に日本の企業により5kmほど北に第二ボスポラス橋が建設されました。

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この橋は全長1510m、中央支間長1090mの吊橋で、幅員39m(8車線)。ヨーロッパルートE80とアジアハイウェーA1をつないでおり、 ヨーロッパ側からの車に限り有料になっています。

その後、1999年にイズミール大地震を経験したトルコは日本の高い耐震技術に注目しました。そして第一ボスポラス海峡大橋など四つの大橋の 耐震工事も日本の円借款を要請して日本に依頼することになるのです。」

二回目に行った時は35歳だったし、仕事もかなりハードだったので、自由時間もなく、ホテルから客先の事務所をタクシーで往復しただけでした。でも、近代都市に生まれ変わっていったイスタンブールの街並みはしっかりと私の頭の中に残っています。今行くと、いったいどんな変貌を遂げているか、それが知りたいという気持ちもさることながら、こうして記事を書いている間中、懐かしさで胸がいっぱいになるのも事実です。

以上ですが、私にとっては47年前の出来事ではありますが、つい先日に行ったような錯覚に陥りながら、このブログを書き終えました。

投稿者: 尾畑 達(商2)

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2017年5月17日 (水)

母の日の薬草園

5月14日 母の日に薬草園にて 「立てば芍薬、坐れば牡丹、歩く姿は百合の花」 でおなじみの芍薬の講義(神田博史教授)の後、日本クレマチス協会広島支部の五弓さんによる「クレマチスの魅力と育て方」、また広島市植物公園より四名ご参加いただき実演指導していただきました。

「つる性植物の女王」 クレマチスはキンポウゲ科のツル性多年草植物(宿根草)で世界に三百種位あるとか。当日は30鉢お持ちいただき、一年に何度か開花の時期が訪れる「四季咲き」 と一度だけ花を咲かせる「一季咲き」の説明。

花の色も赤、白、ピンク、紫等多彩。花の形も一重、八重、万重、チューリップ、釣り鐘形咲きと多種多様。

またテッセンとの区別がつきませんでしたが、テッセンはクレマチスの和名ではなく日本に自生しているクレマチスの一種で、ホームセンターで販売されている園芸品種の交配親となっているそうです。

昼食はメンバーの方が数人で早朝より「サフラン飯」をつくりました、米は我が家の「黄金米とコシヒカリ交配のヒノヒカリ」を持参。

午後からはメンバーによる茶会を開催し、楽しい一日を過ごしました

  
606-神田博史教授(左)と日本でも有数のクレマチス協会広島支部の五弓さん

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590より609までは「大花威霊仙他クレマチスいろいろ」

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今年もハウスで三月より種まきから育てたトマト苗。毎日水やりと手入れ、ナス科の植物でトマト、ピーマン、シシトウ、ナス等は一番花の下のわき目は全部取ると、上に栄養がまわり良い実がつきます。

今年はトマト以外にもプリンスメロン、キュウリ、ブロッコリー、夏キャベツ、トウモロコシ等も種から育て楽しみにしています。

612-クレマチスと蘭

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夕方帰宅するとタイミング良く子供からの「母の日プレゼントでクレマチスと蘭」 が飾ってあったのにびっくり。

記事投稿者: 神守武彦(商4)

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2017年5月 4日 (木)

アルマ・ガゼットの表紙の件

最近のテレビや新聞報道によりますと、海上自衛隊の護衛艦「いずも」が話題になっています。それでアルマ・ガゼットVol.43の表紙には初代艦長が吉野敦氏(商22)であるという、衝撃的な事実が掲載されていたことを思い出しました。

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さて、本日のブログの趣旨ですが、表紙の右上にあるVol.43のすぐ下に「issued October. 01. 2015」という英語表現があります。   

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これは明らかに原稿のミスかと思われます。

1) issued の次にonがないこと
2) October. とOctoberの次に「ピリオド」がついていること
3) 01.2015と01の次に「ピリオド」がついていること。ここは「カンマ」ではないでしょうか。つまり01, 2015

世間の一般的な英語の常識から申しますと、ここの表記は「issued on October 01, 2015」となるはずですが・・・。

年一回発行の同窓会誌です。同窓生はもはや世界中に散らばっています。それを考えると、ちょっとした英語のミスは世界に活躍している同窓生に対しても、痛手となります。

私は先日同窓会事務所へメールを入れておきました。何故なら、間違いは直さなければならないと思ったからです。

メールの趣旨は「是非とも、本件を英語の担当教授に問い合わせてみてください。もし、間違いが指摘されたなら、快く善処して頂きたくお願い申しあげます。過去のアルマ・ガゼットをさかのぼっても同じような物が発見されますが、これはもう仕方がありません。でも、今後の同窓会誌は修正が可能なので、是非ともよろしくお願い致します」、というものでした。

一方、Vol.43とその下にある英文を合体させたものを「意匠」として考えるなら、たとえ英文が間違っていても、それはそれで問題はないのかなー、とも考えています。同窓会事務所はいったいどのような見解を述べてくるのでしょうか。

記事投稿者: 尾畑 達(商2)

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